Lubacha

この対話では、ルバシャが自身の制作を導くものについて語っています。身振りの重要性、線の精度、そして空白の在り方。言葉に過剰な装飾はなく、その語り口もまた、彼女のドローイングと同様に抑制が効いています。一見するとシンプルですが、形と形、身体と身体のあいだに流れるものへの鋭い感受がそこにあります。

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—— 線が自分の表現の中心になった瞬間を覚えてる? どうしてここまで削ぎ落とすようになったの?
自然な流れだったと思う。昔から、無駄のないもの、核心だけを伝えるものに惹かれてた。
線が的確なら、それだけで十分なんだよね。


—「身振り」って言葉をよく使うけど、どんな動きが描くに値すると思う?
特別なエネルギーがあるとき。ほんの一瞬でも、そこに真実がある感じ。
内側に緊張感や生命があって、線のあとにも残り続けるような身振り。

—— 直接観察から描いてるの?
ほとんどは、頭の中の印象から始まる。すごく速い、閃きみたいな映像を、紙の上で追いかけてる感じ。

—— 描き終えたって、どうやって分かるの?
内側に、小さな静けさが訪れる。そのとき「もうこれ以上はいらない」って分かる。
それ以上手を加えると、均衡が壊れてしまうから。

—— 君の描く人物たちは、視線を交わさない。常に「見られている」存在だよね。意図的?
うん。彼らはただ「現れている」だけでいい。

Minimal

身体は動き、動作は抑えられ、沈黙は張りつめる──『ミニマル』はすべての余分を排除する。
ルバチャは、わずかな中に強度を探し、消えゆく寸前の呼吸を捉えようとする。

—— 動きのあるポーズなのに、すごく静止してるようにも見える。時間を止めたいの? それとも、流れを見せたい?
どちらかというと、動きの「前」と「後」を描きたい。
動きそのものじゃなくて、その境界。そこに惹かれてる。

——「身体」を描くことと「動き」を描くことの違いって何?
身体は「形」、動きは「意図」。
形はとどまり、意図は通り過ぎる。
動きの方が脆くて、不安定。でも、よりしつこく、生きてる。

—— かなり少ない要素で描いてるよね。これは直感? 美意識? 政治的な立場?
主に美意識。私は「線のまわりの静けさ」が好き。
空白は、静かな緊張、保留された時間。
それが呼吸や移動の余白になって、何も押しつけずに広がっていく。

—— 描き損ねたけど、手元に残してる絵ってある?
あるよ。スクラッチをしている男の子。
動きが速すぎて、断片的すぎて、最後は諦めた。
彼のジェスチャーは絵じゃなく、リズムの方に属してた。

—— 顔がない、背景もない。物語を避けてるの? それとも観る人に任せてるの?
避けてる。物語を語り始めたら、絵を失う気がする。

—— 描線や身体の動きに関して、影響を受けた表現者っている?
たくさんいるよ。
たとえば歌舞伎。抑えられた力強さに惹かれる。
それからフィリップ・ドゥクフレ。身体が軽く、ほとんど線画みたいに見えるところが好き。

Figure

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